夢魔 後編  シルル様作品


すると、ふわりと大きな手のひらで視界を遮られた。ふわりと男のコロンが鼻を擽り、そして、耳元で囁かれた声――!
「目を開けてはなりません。これは夢だから」
深い声音の男は、おののく唇にそっと自分のそれを重ねた。
瞬間、全身を甘い痺れが駆け巡った。まるで雷に打たれたかと思った。
(――知っている……)
この声、この香り、そしてこの唇……ああ、私は知っている。
あの時、身も心も屈辱と快感で焼き尽くされた私を優しく包みこんだ男のもの……。
ご褒美だといって、疲弊しきった私に与えられた甘露……!
「っあ……」
触れただけですぐに離れていこうとする唇に追いすがるように溜め息をついた私を、男はクスリと苦笑して諌めた。
「そのまま、目を閉じていて……」
しゅる、と音がしたかと思うと、目の上に細い布が掛けられた。
おそらくネクタイで縛られたのだろう。真っ暗でなにも見えない――私は夢の中の深い闇に閉じ込められてしまったらしい。
そして再び合わせられた唇。私は離すまいと男の首にしがみついた。
次の瞬間、私は男の腕に軽々と持ち上げられていた。
けっして大柄とは言えないが、それでも一般男性の平均以上はある背丈の私の体を軽々と……。
優しくベッドに下ろされた。
うろたえる私の体を落ち着かせるように撫でながら、ゆっくりと麻のジャケットを剥ぎ取った。そしてカチャカチャとベルトを外す音が聞こえ……。
これからなされるであろう行為に、今更ながら私の中に恐怖が芽生えた。
「……よ、せ……ッ」
うわずった声で制止を求めた。しかし男は下着の中に手を潜り込ませると、躊躇うことなくそのまま私のペニスを握りこんだ。
慌てて男の腕を掴んだが、遠慮のない指は尿道口に爪を立て、クリクリと弄り始めた。
「うあッ、いやッ……!」
そこは早くも濡れ始めたのだろう。
滲み出る蜜を指の腹で掬い取っては亀頭部全体に塗りこむような指戯を繰り返している。
「っあ……い、やだッ……」
「嫌ならば、抗いなさい」
耳の中に囁きと共に息が吹き込まれ、ゾクリと肌が粟立った。
「……インキュバスめ……」
まるで甘い毒に全身を侵されているかのように体が痺れて動かない。
彼の魔力に囚われてしまったのだろうか。
私は毒づいた。
「……インキュバスめ……!抵抗できないと知っているくせに……ッあ!!」
もう片方の手がアナルへと伸ばされ、悲鳴が上がった。
はだけられたシャツから覗く乳首にも唇が這わされた。
身を捩って逃れようとする思いとは裏腹に、そんな私をあざ笑うかのようにどんどん熱を帯びてくる体。
「私を呼んだのは、『あなた』だ。私はあなたの秘めたる『願い』――……」
目隠しの闇の中でそのとき、はっきりと私は見た。
男の底知れぬ深い眼差しを……その眼差しの奥で燃える黒い炎を。
ああ、闇が快楽をこんなにも増長させるとは……。
「さあ、夢幻の歓喜に溺れるがいい――…」
戦慄する私の体中を黒い炎が包み込む。
「ぅあ、ぁああッ、…アアアァ――――……ッ!!」
私はそのまま男の手と唇で為すすべもなく高められ――虚空へと放り出された。






部屋中に私のすすり泣きが響いている。
男の手によって私は裸にされ、男の言うがままにたまらなく恥ずかしい体位でいる。
ベッドの上にうつ伏せて、尻だけを高く掲げたあられもない格好で、足の間に割り込んだ男の目の前に尻を突き出しているのだ。
陰嚢や会陰、そしてアナルに指を沿わせ舌を這わせ…時には強く吸ったり軽く歯を立てたりしては私に嬌声を上げさせた。
その間にも空いた手で乳首や内股やわき腹を刺激し続けては、シーツにしがみついてブルブルと快感に耐える私を嘲笑っている。
「ヒイィッ!」
一段と高い声が漏れた。
アナルをこじ開けて、舌が差し込まれたのだ。
縁をグリグリと舐めながら拡げられている。そのおぞましい感触に私の体は震えた。
「ヒィ……ああ……あああ……ッ!」
なんてことだ。私の体に入り込んだ舌が、アナルの中で縦横無尽に暴れている……。
触られてもいないのに私のペニスは後ろへの刺激だけで、痛いほどに勃起していた。
長い舌を、まるでペニスのように抜き差しされると、もう堪らなかった。
「……ァアン、ッあ、ああ……!!」
麻薬中毒の人間のようにはしたなくヨダレを垂らしながら、腰を振りたくった。
(……足りない。もっと、もっと奥まで……!)
矜持も羞恥心も、目隠しをされたときからすでになかった。
「お、お願いだ……ッアア、もっと、奥まで舐めて……ッ!!」
そう言って尻たぶを両手で持ち、左右に大きく開いた私を、男はいったいどう思ったのだろう。
浅ましい自分を見せ付けることすら、もはや快感だった。
ネクタイこそ私の目を隠すために外しているものの、着衣を乱しもせずに憎たらしいほどに冷静な表情で、裸で喘ぎ乱れる私を見下ろしているに違いない。
(これでは犬も同然だ…)
そう考えて、私はおかしくなった。
ああ、そうだ。これが犬でなくてなんだというのだ?
私は犬だ。この男の前で犬となるのが私の喜びなのだ……!
「パックリと口を開けている。…フフ、あなたにも見せてあげたいくらいだ」
「…ッああ、そんな……言わないで……」
「真っ赤でいやらしい。柘榴のようだ」
「やぁッ、言うなッ、は…早、く……ッ」
「ああ、可愛いな。赤ん坊の口のように物欲しげに動いて……。ここに、欲しい?」
私はガクガクと首を振った。
「……欲し、ッ……あ、頼むか、ら…!」
「じゃあ、ご自分でやって見せて」
その言葉に、投げ捨てたはずの羞恥心が今更ながらにこの身を灼いた。
「さあ、あさましくおねだりをして。淫らな姿で私をその気にさせて」
しかし、低くかすれた甘い声は、男の魔力に囚われた私の脳を操るには十分すぎる程で……私はすすり泣きながら、アナルへと指を這わせた。
「ッは、んッ、ア……ッ」
自分で自分の尻穴を弄くるなど恥ずかしくて情けなくて、今にも顔から火が出そうなのに、官能に支配された体はもっともっと、と貪欲に刺激を求めている。
「ぅああ、ああん、ッはああ……!」
男が見ていると思うと、たまらなく快感だった。
一本だった指はいつの間にか三本となり、私は我を忘れてアナルをグチャグチャと掻き回していた。
「もっと激しいのがお好きでしょう?」
「いやあぁッ…!!」
男はアナルをいじる私の手を取ると、さらに激しく動かし始めた。
「いやッ、…ああ、イヤだ!やめて……ッイク、イッてしまう……ッ!!」
いやだ、自分の指などでイきたくない…。
ああ、ファビアン、頼む、おまえで……!!
泣き叫びながら、刺激に堪らず爆ぜようとしたペニスを思わず自分の手で強く握りしめていた。
「ヒァアアアアッ――――――――――!!」
目の前に火花が飛んだ。ガクッ、ガクッと体が痙攣を起こした。
――信じられなかった。
私は射精を果たさぬまま、オーガズムをむかえてしまったのだった。
しかしそれで終わりではなかった。
ベッドに崩れ落ちる私の体を男は後ろから抱きしめ、……そしてあろうことか、未だに収縮を繰り返している私のアナルへと怒張したペニスを押し付けてきた。
「っああ!待……――――――――――――ッ!!」
もはや声も出なかった。
力強く押し入ってきた硬く太いペニスによって私は立て続けに絶頂へと追いやられ、ペニスからは精液が幾度となく噴出していた。
「ハァッ、ハァッ、ァアア……ッ!!」
男のペニスを銜え込んだアナルは、限界まで押し拡げられていた。
ギリギリまで引き出され、また、最奥まで突き入れられるたびに、臓器までもが引き摺られて一緒に動く感覚。
(ああ、苦しい、苦しい……ヨすぎて……死んでしまう……!)
もう、なにがなんだか分からない。
私は混乱の極みにいた。
シーツに蝉のようにしがみついて、ただ泣きじゃくっていた。
灼熱の杭を体に穿たれて、もう私は何度イッたことだろう。
その指で弄られて真っ赤に腫れた乳首も、扱かれてもう水のような精液しか出なくなったペニスも、ジンジンと鈍い痛みを訴えている。
「……ああ、ああぁ……ッ!!」
耳元での熱い吐息と共に耳朶を甘噛みされ、目の奥で今日何度目かの爆発が起こった。
「ッお願、いだ、キ、スを…………ッァア、ファビッ――――……」
感極まり、無意識にその名を呼ぼうとした私の唇は、待ちわびた男の激しいキスに封じられてしまった。
力強い腕で壊れるかと思うほどに抱きしめられ、同時に体の最も深いところで男が爆ぜるのを感じ……悦びに私の中で超新星が次々と生まれては消えていった。


めくるめく官能の嵐の中で、私はいまや完全にこの男に支配されていた。
それは、これ以上ない幸福に満たされた時間だった。






目覚めると、私は元のカウチに寝そべっていた。
外はもう、夜の帳が下り始めていて、開いたままの窓から忍び込んできた冷たい空気にブルッと身震いをした。
床には読みかけの単行本が落ちた状態のまま開いている。
服もきちんと着ていて……(ご丁寧にベルトの穴の位置まで同じだ)一度脱がされたとは分からないくらいだ。
……当然、ファビアンの姿はない。
(あれは、夢だったのだろうか――……)
私は力なく笑った。
夢であるはずがあろうか。この体のだるさはなんだ。
それにこの体の奥には、ファビアンを受け入れた熱が未だに燠き火のように燻っているのに。
それにしても、なぜ侵入できた?ここのセキュリティは万全のはずだ。
……いや、そもそも、なぜ私がすべての予定をキャンセルして、この部屋に篭もっていることを知っていた――??
そのとき、コンコン、と遠慮がちにドアがノックされた。
「――入れ」
入室を許すと、ワゴンを押してフミウスが入ってきた。頼んでおいたルームサービスだった。もうそんな時間だったとは。
「ご夕食でございます、ご主人様。――おや、どうかなさいましたか?」
フミウスは私の顔を見て、片方の眉を上げた。
「ああ、ついさっきまで居眠りを……」
言いながら自分の顔をこすった。
あんなに泣きわめいたのだ。きっと腫れ上がって酷い顔をしているに違いない。
フミウスは極上の笑みを浮かべた。
「それは、さぞいい夢をごらんになったのですね。憑き物が取れたような、スッキリとしたお顔をなさっておいでですよ」
(このペテン師め……)
私は苦々しく笑った。
またもこの家令にしてやられた。
(パトリキに妙な睡眠薬を盛ったうえにプライベートルームに侵入させ、あまつさえ寝込みを襲わせるなど、職権濫用どころの話ではないぞ)
…だが、認めないわけにはいかない。
例え許されないような荒療治であったとしても、それは私のことを心から考えてくれた上での暴挙であったと。
事実、フミウスの読みのとおり、今の私はとても晴れやかな気分なのだ。
笑うしかなかった。
「……ああ、とてもいい夢だったよ」
明日は、ロビンを可愛がってやろう。
不安にさせて悪かったと謝って、思う存分甘えさせて、もう駄目だと泣き出してしまうまでたっぷりと抱いてやろう。
フミウスの給仕でディナーを楽しみながら、私は心からそう思った。


しかし、そんな思いも虚しく。
翌朝、部下から仕事上のトラブルの報告を受け、私は急遽ニューヨークへと旅立つ羽目になった。
ロビンに会えない代わりに大輪のバラの花束とメッセージカードをフミウスに託して、私はドムス・アウレアを後にした。






「――ご主人様」
フォルムを出たところで声を掛けられて、振り返った。
――ファビアンだった。
「お久しぶりでございます」
「――やぁ。ええと、確かCナンバーの……ファビアン、とか言ったな」
「ええ、ファビアン・マイスナーです」
ファビアンは頷き、差し出した私の手を握った。
「今からお帰りですか?」
「ああ、部下が仕事でヘマをしでかしてね。今からニューヨークまで尻拭いだ」
「それは…大変ですね」
「キミは?今日は休みかい?」
「ええ。紅茶がもうじき切れそうなので、買いにいこうかと」
スラックスに春物のセーターをまとったファビアンは、目を細めて春の海のように穏やかな微笑を浮かべている。
気付いているだろうか。おまえからは昨日と同じ香りがしているよ……。
なのにお互い知らないふりなんて。
鼻の奥がツンと痛くなって、私は俯いた。
「――ファビアン、」
一度、休暇の時にでもパリの私のオフィスに…。
そう言おうとして、やめた。女々しすぎる。
「また来るよ。……犬も」
「?」
「犬も満足に可愛がってやれなかったしな」
「それがよろしゅうございます」
ファビアンは慇懃なアクトーレスの顔に戻ると、恭しく私に頭を下げた。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
ファビアンの見送りを背中に受けながら、私はヒラヒラと片手を振って歩き出した。
――いつの日か、かならずおまえを手に入れてみせるよ……。
そう思いながら。






FIN





〔フミウスより〕
痛快! がっぷりエロと向き合っているお姿に打たれました。シルルさま、漢! 何度読んでもいろんな意味で熱くなります! ヽ(`Д´)ノ スバラシーッ!
 
ご主人様、楽しんでいただけましたでしょうか。
ひと言、ご感想をいただけると鬼のようにうれしいです♪ 
(メアドはaa@aa.aaをいれておけば書かなくても大丈夫です)

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